
先日、学校のボランティアに参加した。
内容は、子ども達と共に近所を歩き、校区内の安全な場所や危険なポイントを地図上にまとめ、安全マップというものを作成するというもの。
ポカポカ日和に恵まれた当日。私は、担当する子ども達と共に学校を出発。
約1時間半、子ども達との散歩を楽しんだ。(散歩じゃないよ~と、突っ込まれそうです)
校区内の危険な場所というと
・歩道が狭いところ(特にガードレールが無い箇所)
・見通しが悪いところ
・人目につきにくいところ
住んでいる地域環境によっても違うけど、こんな感じ。
じゃぁ、安全な場所ってどんな箇所?
私は、しばらく考えてしまった・・・。
ここは、都内の住宅街。安全な場所なんてあるのかな?と。
そして、「ねぇ、安全な場所ってどんな箇所なの?」って、子ども達に聞いたところ、一緒に歩いていた男の子が即答してくれた。
「安全な場所は、家の玄関前で花に水をあげたりする人がいる家とか、見通しが良く、庭の木や花がちゃんと世話をされている家です!」
おぉ~、そうなんだぁ。
要は、場所というより、どんな人が住んでいるか?が安全を決めるポイントということね。
その判断基準として、植物が好きか?そして、好きなだけじゃなくて、ちゃんと世話をしているのか?というとことに基準を置いているとは・・。
この「ちゃんと世話をしているかどうか?」という判断は、子ども達自身の感覚に任されているというわけだ。
身を守るということは、小さい頃から、自分自身の肌感覚を鍛えておくことが需要ということなんだね。
だって、庭や玄関先で育つ植物の手入れというのは、常に華やかに彩られたディスプレイ用の花々や、専門業者が整備した植物とは違うのだ。
子ども達自身が「手入れをする感覚」というものを身につけてないと、けっこう難しいのかもしれない。
なんて、考えていたら・・
「あっ!この花、枯れてる~!この家の前は安全じゃないよ!」と、女子の厳しいご指摘あり。
すかさず、さっきの男の子が
「これは、どんぐりの苗だから、冬の間は、枯れているように見えるだけ。春になると、緑の葉っぱが出てくるよ。」
と、鮮やかな切り返し!
あっぱれ男子!思わず笑ってしまった。
それにしても、子ども達は、次々に何かを見つけては大騒ぎ。よく喋る。
みんな楽しそう。
子ども達が、伸び伸びとしている姿って、本当に良いもの。こういう姿を守るのは大人の責任だよね。

私は幼い頃、隣近所の庭や畑に入り、かくれんぼや鬼ごっこをするのが当たり前だった。
とは言え、何でもやってOKはなく、子どもなりの感覚として、コレはやってはいけない!とか、コレ以上は立ち入ったらいけないという五感は十分に働いていたと思う。
もちろん、住んでいたのが、鹿児島の小さな町ということもあったけど・・・。
すっかり時代も感覚も変わってしまったけど、やっぱり、防犯カメラやGPS付の子ども携帯では身は守れない。
ココまでは良し。コレ以上は絶対にダメ!という、自身の肌感覚を日々の生活を通して身につけること。
こうやって、一緒に近所を歩くだけでも、発見できることは多いのだ。
子どもと共に過ごせる時間は、そう長くはない。
振り返れば、ほんの一瞬だった!と表現できるに違いない時間だから、悔いなく過ごそうと改めて思う母ちゃんです。