夫婦仲良しの秘訣は夫の料理から!?アジとイワシのあぶり焼きの作り方

昨夜のニシンのあぶり焼きが忘れられなかった料理人の夫
翌日、予想通り、いつものスーパーからルンルンで買って参りました。
・アジ
・イワシ
・スルメイカ
・鶏もも肉
以上、4種のネタで魚&イカ焼き&焼き鳥大会を開催するとのこと。

夫婦一緒に料理しよう!アジとイワシのあぶり焼きの作り方

■材料

・小ぶりのイワシ
・小ぶりのアジ
・塩
・竹串

■手順

①イワシアジを、三枚おろしにする。
②イワシは半身のままで串打ちをする。
③アジは大きめの一口大に切ってから串打ちをする。
・左側がアジ、右側がイワシです。
イワシとアジ.jpg
④全体に塩をふりかける。
⑤ガスコンロの火で表面に焼色がつくまでサッと焼く。
あぶり中.jpg
⑥完成!
イワシとアジのあぶり焼き.jpg

スルメイカの姿そのまんまバター焼きの作り方

■材料

・小ぶりのスルメイカ
・バター
みりんと酒の煮きり
・醤油

■手順

①イカの胴から足を抜く。軟骨に沿って胴とワタがくっついている部分を指先ではずすように引き剥がします。
②エンペラと足をつかんで、ゆっくりとワタを引き抜き、軟骨も引き抜きます。
③胴の中と足を流水で洗って、キッチンペーパーで水気を取ります。足はキッチンペーパーで包むようにして吸盤をしごいて、プラスチックのような固い部分を取り除きます。
④エンペラ側から、胴の皮をはがします。エンペラの皮は、キッチンペーパーでこすって、はがします。
⑤胴に切り込みを入れ、食べやすい大きさに切った足を胴の中に入れます。
⑥フライパンにバターを溶かし、イカを並べ、サッと蒸し焼きにします。
⑦イカを取り出したフライパンに、みりんと酒の煮きりと醤油を加え、トロミがつくまでひと煮立ちさせタレを作ります。
⑧タレをイカにかけて完成!
イカの姿焼き.jpg
そのほかに、焼き鳥も作ってありました。

簡単焼き鳥の作り方

■材料

・鶏もも肉
・塩
・竹串

■手順

①鶏もも肉を一口大に切る。
②串打ちする。
③フライパンで焼く。
※時間短縮のため魚焼き器等ではなくフライパンで焼いたそうです。
いつもだったら刺し身で食べる魚とイカをあぶり焼きにするとは!手はかかるけど、贅沢でとても美味しい魚料理でした。串に刺さっているから、魚料理の時にはイマイチ元気が無い娘も、パクパクと食べています。
調理法を変えるだけで、味も食感も全く変わるねー。
今夜は母の日のお祝い?ということもあり、ほぼノー手伝いでした。ゆっくり風呂入っていたら料理が完成しておりました。
母の日.jpg
夫よ、美味しかった。ありがとう。
美味しいけど、母ちゃんにはコレは作れんよ。これからも、私が手を出さない料理を楽しんで作って下さい。
そんな有り難い母の日を過ごした母ちゃんなのでした。

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夫婦仲良しの秘訣は夫の料理から!?ニシンのあぶり焼きの作り方

一尾130円のニシン。1年ほど前までスーパーに並ぶニシンの姿は、少し鮮度が落ち始めエラや目が真っ赤になっているものが多かったのですが、最近のニシン達は、とっても美しい。物流の進化を、ニシンの血色から感じられる今日このごろ。
夫は、ニシンを刺し身にしたいとのこと。どうぞ!どうぞやって下さい。
ニシン.jpg

ニシンとはどんな魚?

北海道で獲れる魚として有名。
また、ニシンの魚卵はお正月の高級食材として知られる「数の子」としても知られています。

ニシン漁の歴史とは?

明治から大正にかけて北海道の西海岸一帯は、ニシン漁と共に栄えました。
特に小樽周辺の漁師達は反映を極め、春先の2~3ヶ月の漁だけで1年間の生活ができたということ。
ニシン漁が小樽経済の基盤を築き、やがて「北のウォール街」と呼ばれるほど、多くの銀行や商社が軒を連ね、小樽の
穀物相場はロンドンの相場に影響を与えるほどの力を持つようになったそうです。
北海道のニシン漁で歌われた力強い民謡として「ソーラン節」も有名。うちの息子も運動会で踊っておりました。
網に入ったニシンを水揚げして,船倉に運びながら歌う「沖揚げ音頭」とも言われているそうです。
しかし、1900年以降は不漁と小さな回復を繰り返しながらニシン漁は衰退。
昭和30年頃には、多くの漁師達がニシン漁から撤退したそうです。
現在のニシンの漁獲量はピーク時の1%にも満たないそうです。
このように、
ニシンを語り始めると、魚自体の説明より、それを取り巻く人間社会の説明になってしまうくらい経済活動と密着した魚だったということがわかります。
ところで、夫ですが、いつものように魚をさばき、刺し身にしました。
食べ始めると「やっぱり、ニシンって刺し身にすると、食感は良いけど味がしないんだよね。」と一言。
そうかなぁ、相変わらず美味いよ。と思う私。
そして・・・納得がいかない夫は動き出しました!
台所から竹串を持ってきて、余った刺し身に串打ちを始めたのです。
もしや!と思っていたら、案の定、コンロで焼いておりました。

夫婦一緒に料理しよう!ニシンのあぶり焼きの作り方

■材料

・ニシンの刺し身
・塩
・竹串

■手順

①ニシンをさばいて刺し身にする。
②刺し身を串打ちする。
ニシン串刺し.jpg
③塩をふりかける。
④コンロの火で直火焼きにする。
ニシン焼き.jpg
⑤表面が色づく程度に火が入ったら完成!
ニシン串焼き完成.jpg
「それ作る?」とツッコミが入りそうなレシピです。
とは言え、自火で焼いたニシンの串焼きは、水上げ漁No.1の北海道の皆様にも食べて頂きたいくらいの味に仕上がりました。
刺し身だと、味よりコリッとした食感を楽しむ魚という印象だったニシンが、表面に自火をまとうことによって、フワッとした味わいに変化。これは塩焼きとも違います。刺し身を焼いたからこその美味しさです。
「このために、刺し身を作ってもいいかもね!」と、嬉しそうに夫がポツリ。
私からすると「そんな面倒な・・・」ということですが、夫のキラキラした目の輝きから判断する限り、明日にでもやってしまいそうな予感です。
魚好きな夫が、この先もずっとこうやって大好きな魚をさばけますように。
現在にも通じる大きな海洋問題を垣間見ることができるニシンを眺めながら、まずは私にできることは?
「食べ切れる量の食材を購入し、無駄なく美味しく頂くこと。」それが家庭内で実践できる基本行動!と、改めて感じた母ちゃんなのです。

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夫婦仲良しの秘訣は夫の料理から!?いちごジャムの作り方

イチゴが出始めたねぇ・・と思っていた3月初旬から早2カ月が経過したある日。
「あっ、イチゴジャム、作ってない!」
商店街の果物屋へ走った私。
1パック230円のイチゴ×3パックを購入。
果物屋のおじさん曰く「イチゴは、もうおしまいだよ。これはジャム用ね。」
完全にイチゴの旬に乗り遅れた私ですが、恒例の手仕事にマル印をつけるべく、イチゴジャム作りを開始しました。

夫婦一緒に作ろう!イチゴジャムの作り方

■材料

・いちご
・砂糖
・レモン汁
・煮沸した蓋つきのビン

■手順

①イチゴを水洗いし、水分を飛ばします。
②包丁でヘタをカットします。
③カットしたイチゴの重さを計ります。
④イチゴの重さの1/3~1/2の砂糖を計ります。
⑤鍋底の厚い鍋にイチゴを入れ、砂糖を振りかけます。
⑥砂糖が溶けるまで、そのまま置いておきます。(一晩くらい)
イチゴ.jpg
⑦レモン汁を入れ、弱火で加熱し始めます。
⑧少し沸騰し始めるとアクが出てくるので、適宜アクを取ります。
⑨好みの甘さになるまで、トロ火でゆっくりと煮詰めます。
⑩煮沸したビンに詰めて完成!
イチゴジャム.jpg
とは書いたものの・・
私は、砂糖もレモンの量も目分量です。
サッと煮て、イチゴジャムじゃなくてイチゴソースにしてしまう時もある。
基本的な作り方さえマスターすれば、どうやっても美味しくなってしまうのが、手作りイチゴジャムの良いところ。
イチゴ3パックで、ジャムが2瓶完成!
2週間を待たずに完食の予感です。
次の手仕事は、サクランボだね。
と思いながら、商店街の八百屋さんを眺めていたら、スイカがズラーッと並んでいる・・・。
そんなに急がんくても、いいんじゃない?と思いつつ「小玉スイカ450円 甘いよ!」という手書き表示に、かなり心動かされた母ちゃん。
ちなみに父ちゃんは仕事中。
ジャムは好きだけど、そんなに興味ないらしい。
って、今ごろ「ふなぐち菊水一番しぼり」飲んでいる頃だろう。今日も頑張ってくいやんせ。
ふなぐち空港.jpg

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鹿児島の郷土菓子「あくまき」の季節です。

鹿児島の郷土菓子「かからん団子」が食べたいなぁと思っていたら、両親から「かからん団子&あくまき」のセットが届きました。
娘が食べたくなる時期を知っているとは・・さすがの両親です。
ふるさと鹿児島の菓子と言えば、代表格は「軽羹」です。
とは言え、年齢を重ねるごとに懐かしさと味わい深さが増してくるのは、特に「あくまき」かなぁ。
あくまき食べる.jpg

あくまきとは?

鹿児島で、端午の節句につきものの郷土菓子。もち米を灰汁水(アク)に一晩漬け込み、それを竹皮に包んで縛り、6時間ほどゆっくりと炊き上げたもの。
子どもの頃は、匂いや食感が苦手で、こんなモノをよく食べられるなぁ・・・と思っていました。
当時暮らしていた家のお隣のおばちゃんは、この時期になると、家の前でバンバカと火を炊き大鍋にアクを沸騰させ、あくまきを作っていました。
鍋の中には、アクで煮られる竹皮の包みが何本も入っていました。
子どもの私にとっては、美味しいモノを作っている風景とは程遠く「なんでこんなモノを食べるのだろう・・・」と。
今となっては、懐かしい思い出です。
最近のあくまきは、鹿児島の郷土菓子として、また贈答用として作られていることもあり、それはそれは上品な味わい。
我が家の子ども達も「やった!あくまき!」と大喜び。朝食も「あくまき」です。
あくまき朝食.jpg

あくまきの歴史

「あくまき」は、もともとは戦陣食として発達したもの。
その由来は、文禄・慶長の役にさかのぼるそうです。ちなみに、文禄・慶長の役とは、関白となった豊臣秀吉が中国・明国征服を目指し朝鮮に攻め込んだ戦争のことです。
当時の薩摩藩主 島津義弘公の率いる軍勢だけが、独特の工夫を凝らした保存食「あくまき」で腹を満たし、士気が衰えることがなかったといわれているそうです。

あくまきのおいしい食べ方

あくまきを食べる時に欠かせないのが「きな粉」です。
この「きな粉」ですが、ただ砂糖を混ぜただけのきな粉ではいけません!これは、鹿児島人として許しがたい行為。
重要なのは、あくまきにかけるきな粉作りだと、私は声を大にして言いたい!

あくまきにかけるきな粉の作り方

■材料
きな粉
黒砂糖
砂糖(白砂糖やキビ砂糖)

①包丁で黒砂糖を荒く刻む
黒砂糖.jpg
②砂糖&黒砂糖:きな粉=1:1
③塩をひとつまみ加える
きなこ作り.jpg
ポイントは、糖分など気にせず砂糖も黒砂糖も、豪快に入れること。
塩は甘みを引き立てためにも、1つまみ程度から味を見ながらシッカリと入れること。
うちの娘は、あくまきそのものより、きな粉ばかり食べているような・・・。
という私も、子どもの頃は、あくまきよりも、あくまきにかけるきな粉が楽しみでした。

あくまきの保存方法

常温で少なくとも1週間はもちます。日にちが経過するにつれて、芯の方から固くなってきます。冷凍すれば3ヶ月はもちます。いずれにせよ、固くなってきたら、竹の皮ごとお湯の中で煮直すと、美味しく食べられるそうです。
これこそ薩摩藩が編み出した「ローリングストック」。現代にも、シッカリと引き継がれています。
それにしても、あくまきを作り始めたのは秀吉の時代かぁ・・・。
当然、砂糖なんて手に入る時代ではなく、竹の皮を剥いてそのままガツっと食べていたことでしょう。とは言っても、原料は、もち米。当時の人にとっては、かなり贅沢な食べ物だったに違いありません。
あくまき切る.jpg
まともな地図さえ無い中、異国の地で戦をしてこい!って言われてもね。想像を絶する世界を生き抜いたご先祖を思えば、自分が決めたことをやることぐらい“へ”でもない。
大型連休も明けたことだし、ギを言わんでキバらんといかんね!(文句を言わないでシッカリとやるぞ!)と思う母ちゃんなのです。
ちなみに、こちらは「かからん団子」。
かからん団子食べる.jpg
どちらも、鹿児島県南九州市の梅木商店のものです。ごちそうさまでした。

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ローズマリーとラム酒で化粧水作り。

晴天に恵まれた大型連休。
我が家は、海辺の小さな町にでっかく暮らす家族のもとへ遊びに行ってきました。
東京から千葉方面へ。
千葉から外房方面へ移動すると、車窓の風景は、全面の田んぼ。
田んぼ.jpg
季節はちょうど田植え。
なんだか久しぶりに田植えの風景を見たような気がするなぁ。
到着しました。
相変わらず美しい海。
御宿海.jpg
砂浜では、ライフセービング部に所属する大学生達が練習中。
男女関係なく次々に海へ飛び込んでいく様子は圧巻です。
さて、お世話になった家族の奥様は、元々、ガーデンデザインの仕事をされていた植物のプロ。
たくさんの植物と暮らす彼女の庭の一角に、新緑が眩しいローズマリーがこんもりと茂っています。
彼女は、そのローズマリーをウォッカに漬けてハンガリアンウォーターなるものを作っておられました。

ハンガリアンウォーターとは?

中世ヨーロッパ時代、ハンガリーの王妃であるエリザベート1世は高齢に伴うリウマチや痛風に悩まされていたそうです。
そんなエリザベート1世のためにイタリア修道院から、ローズマリーをアルコールに漬け蒸留されたものが献上されました。
エリザベート1世はその蒸留水をとても気に入り、体に塗ったり、また飲用水として飲んだりしたとも言われているそうです。
やがてエリザベート1世は魔法のような蒸留水のおかげで元気と若々しさを取り戻していったという伝説です。
嘘か真か?この魔法の蒸留水が、ハンガリアンウォーターの始まりとされています。
↓この女性がエリザベート1世さん
エリザベート.jpg
エリザベートの話は抜きにしても、あんなに美しく茂った薫り高いローズマリー、使わない手はないでしょ!と、彼女が心を込めて育てているローズマリーをわけて頂きました。
数日後、たくさんの思い出とローズマリーと共に帰宅した私は、早速、ハンガリアンウォーターを作ることにしました。

ハンガリアンウォーターの作り方

■材料&道具

・ハーブ
※ローズマリー・ペパーミント・レモンピール等、身近にあるハーブを混ぜてみて下さい。私は、ローズマリーだけで作りました。
・アルコール
※ウォッカやラム酒等、アルコール度数40度以上のもの。
・煮沸した瓶

■手順

①ローズマリーをラム酒に漬ける

煮沸した瓶にローズマリーを入れ(私はたっぷり入れました)、しっかりとローズマリーが浸かるまでラム酒を注ぎ入れ、フタをしめる。
ローズマリー&ラム.jpg

②30日間置く

直射日光が当たらない常温で30日以上置きます。1日1回は、瓶を軽く振ってローズマリーにラム酒が浸かる状態を維持して下さい。

③ハンガリアンウォーターの完成!

ここで、ハンガリアンウォーターの完成です。
ローズマリー&瓶.jpg

ハンガリアンウォーターの使い方

・精製水で20~30倍に薄めて化粧水
・お風呂に入れてバスフレグランス
・そのまま飲むも良し
・そのまま身体や頭のマッサージオイルとして使用するも良し
以上。
いろんな使い方があるそうです。
ただし!妊婦さんはお腹の赤ちゃんへの影響があるかもしれないので使用を控えておいて下さいね。
ツヤツヤ肌になるかなぁ。
出来上がるのが楽しみだなぁ~と、毎朝、シャカシャカと魔法の小瓶を振る母ちゃんです。
さぁ、30日後。母ちゃんはエリザベート1世の秘薬を完成させることができたのか?
「ローズマリーとラム酒で化粧水を作る(完成編)」

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金のつぶ納豆のタレ袋は便利?

最近、我が家では、

“ミツカン金のつぶ納豆シリーズ”

が流行りです。
こちらは本日購入した梅風味黒酢たれバージョンです。
流行りの理由は、納豆に付属しているタレがとっても入れやすいこと。
納豆パック.jpg
納豆のタレは、付属されてなかったとしても、自宅にある醤油等を混ぜれば良いだけ。
でも、付属されていれば、便利という理由で使ってしまうもの。
この小さなタレ&カラシの袋。
経験ある方は容易に想像できるでしょうが、開ける時の力加減が難しいのです。
特に、子どもが勢いよく力まかせにビリっと開けると、間違いなく服やテーブルに飛び散ります。
そんな時に、私も虫の居どころが悪かったりすると、「あ~、またやった!」と言ってしまいそうになることも。
そりゃね、ちゃんと出来るようになれば済むこと。小さなことです。
でも、その飛び散りをなくそうと研究し続けたと思われる(?)ミツカンさん。
遂にやりましたね!!
オマケなのような存在のタレを、トコトン追求しているのが、このミツカンの“金のつぶ納豆シリーズ”なのです。
この商品のだいぶ前に発売されていたのは“金のつぶ。パキッ!とタレ”という商品です。
こちらは、パッと見て開け方がよくわかりませんでした。フタをひっくり返したりしながら開ける向きを確認したりしていたら・・結局、納豆でベタついたフタの裏側を触ることになってしまいました。
私にとっては、便利さと理解し難さが混在しているようなパッケージ仕様だなぁと。
その評価をスカッとカッ飛ばしたのが、この新商品でした。
納豆タレ.jpg
子ども達も、喜んで自ら納豆を混ぜてタレを入れています。確かに便利!
でも、環境保護の観点から考えると、プラスチックケースを大量に使用する納豆パッケージそのものを、今後は変えていくことを検討しなきゃいけない時期だろうし、既に、そういったパッケージ開発も進んでいることでしょう。
プラスチック分別が義務付けられている地域に住んでいる友達は、納豆は紙で包装されている商品を買うと聞いたことがあります。
便利だけど考えさせらることも多い。
納豆は大切な常備食だから、ずっと食べていたい。
じゃあ、ずっと食べられるためには、どうしたらいいのだろう?
「タレの袋が便利でいいね!」で締めくくるはずだったのに、書いているうちに意外な方向に進んでしまった。
でも、自分の中にあるこういった気持ちも大切にしながら、日々の選択を積み重ねたいと思う母ちゃんです。

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賞味期限切れの非常食どうする?『賞味期限切れ3年経過のリッツ保存缶&尾西のごはん』を食べてみた。非常時に役立つ保存食とは?

自宅に眠る賞味期限切れの非常食、どうしてる?食べてみました !賞味期限が切れてから3年経過のリッツの保存缶と尾西のごはんは食べられるのか?もしもに備える非常食の入れ替えや循環備蓄(ローリングストック)の参考に

リッツ.jpg
懐かしの“ヤマザキ”のリッツ保存缶です♪

もしも!

に備える非常食を入れ替え中。

  • ヤマザキ・ナビスコリッツ保存缶(賞味期限5年】
  • 尾西のごはん(賞味期限5年間)

を買い揃えのは8年前。

リッツも尾西のごはんも賞味期限が切れて3年経過。

クローゼットの奥にしまい込んだ防災用品の中から救出。

賞味期限切れになっている保存食が山積み状態。

どうする?

これらの非常食を食べないまま元気に暮らす今に感謝して

食べます♪

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手作り鯉のぼりとかからん団子

もうすぐ子どもの日。
東京では、鯉のぼりが優雅に泳ぐ姿はなかなか見られないけど、五月人形や兜を飾る家庭は多いのでは?
これは我が家の大切な鯉のぼりの手作りタペストリーです。
鯉のぼり.jpg
息子が生まれた時に、母が手作りしてくれました。
当時、暮らしていた住まいは、わずか29米のアパート。
当然、五月人形や兜を飾るスペースなどありません。
それを不憫に思った訳ではないでしょうが、
「サッと飾れるしねぇ。場所もとらんから、飾ってねー。」と、文字通り、サッと作って送ってくれました。
あれから十数年・・
母の言葉通り、雛祭りが終わったと同時に、選手交代。サッと、鯉のぼりが登場します。
使わない時は、クルクルって巻いて紙袋に保管。飾る時もしまう時も、場所を取りません。
「おかあさんは、縫い目も、てげてげ(適当という意味)だから、早いのよ。」と、母のセリフです。
てげてげじゃ、できんよー。(こんな可愛い鯉のぼり。適当な気持ちでは作れないよ)
おかげ様で、息子は元気に育っています。
おそらく、この鯉のぼりは、この先も処分することはなく、息子ではなく私が添い遂げることになるでしょう。
母が近所の手芸屋さんで数千円で購入した手作り鯉のぼりセット。
そこに母の手仕事と数々の思い出がプラスされ、私にとっては、値段のつけられない価値あるものとなりました。
ちなみに、子どもの日に欠かせない菓子と言えば柏餅ですね。
でも、私が食べて育ったのは、こちらの「かからん団子」なんです。
かからん団子.jpg

かからん団子とは?

かからん団子とは、鹿児島県でつくられる草餅の一種。 ヨモギなどを練りこんだ餅を黒餡などで包み、「かからん」の葉で包んだもの。「かからん」とは方言で、サルトリイバラのこと。
サルトリイバラ.jpg
鹿児島では「さわったらダメよ!」ということを「かからんよ!」という言い方をします。
つまり、病気や災いに“かからない”という厄除けにも通じたお菓子なんです。
かからんの葉は、独特の匂いと殺菌作用があり、餅にはヨモギを練り込んでありますから、天然の抗菌パワー全開の菓子です。
両親のお友達、屋久島在住のおばちゃんが、かからん団子作りの達人。一度食べたら忘れられないやみつきのかからん団子。当然、レシピなんて存在する訳はなく、現地で本人に作って頂かないと口にすることができない一品です。
こちらも、母の鯉のぼり同様、値段がついてない価値のあるもの。
故郷には、そんなモノがたくさんあるのかもしれないな。近いうちに探しに帰らなきゃ!と思う母ちゃんなのです。

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七五三の着付け(7歳児)

先日の七五三の着付け(五歳児)に引き続き、今日は七五三の着付け(7歳児)に挑戦!

そもそも七五三って?

毎年11月15日に三歳、五歳、七歳に達した子どもに晴れ着を着せ、神社に幸運を祈願するために参拝する行事が“七五三”(地域により“紐落とし”とも言う))です。
祝いの原型として
・三歳:平安時代頃から行われた「髪置き」「髪立ち祝い」と呼ばれる、男女共に髪を伸ばし始める儀式から。
・五歳児:平安時代の公家階級で行われた初めて袴をつける「袴着」「着袴(ちゃっこ)」の儀式から。
・七歳児:室町時代ごろから行われていた「帯解き」「紐落とし」と呼ばれる、初めて帯を締める儀式から。

7歳児の着付けとは?

大人と同じように着物を着て、帯を締め、帯揚げ&帯締めを結びます。
体が小さくて帯を結ぶことができなかった3歳のお祝いとは違い、より一層、子どもの成長を実感する装いですね。
「おかげ様で、帯が結べるようになるまで元気に成長しました!」という感謝と喜びの気持ちと同時に、幼児時代に別れを告げ「大人への階段を一歩一歩進んでいきます。」という明るい将来を予感させるような装いです。
帯は七五三用の帯を締めます。伝統を受け継ぐ小物類として、筥迫(はこせこ)や帯下のしごき、扇子があります。

筥迫(はこせこ)とは?

襟元に挟み入れる箱型をした装飾具です。江戸時代、武家の女性達が、たしなみとして、鏡や櫛、懐紙、お守り等を収めて持ち歩いていた小物入れが由来。今でいう化粧ポーチみたいなものですね。金属製の“びら簪(かんざし)”を、はこせこの上部に付けることもあります。
ちなみに、びら簪(かんざし)とは、髪にさすかんざしが小さくなった形をしています。髪の乱れを直したり、尖った部分は護身用として使うこともあったとか。昔の女性は、今よりもずっと、万が一に備える身体能力が高かったんでしょうね。

しごきとは?

七五三や花嫁衣装に用いる帯の飾りのこと。もともとは、女性の身長に合わせた布で、外出のときに着物をたくし上げるために使われていたそうです。明治時代になると、腰紐を使って着物をたくしあげるのが一般的になり、しごきは飾りになったそうです。

扇子とは?

大人モノの扇子より、一回り小さい七五三用の扇子です。先に向かって広がる形から“末広”とも呼ばれているそうです。これからの子どもの人生が末広がりに栄ますように!という願いを込めて、装飾を施した扇子を、幅広に帯締めに挿しておきます。
さぁ、着付けスタート。
幼児用ボディ相手に格闘します。
ボディは固くて、着付けそのものはやりにくいけど、文句を言われない分、楽だわぁ。過去に、娘の着付けをした時は、それはそれは大変でした。
着付けを習う前のこと。ネットやユーチューブで着付け方法を検索し手探りで着付け。もちろん、帯は手結びではなく作り帯ですが、娘は何本も腰紐を巻き付けられて、なんとか完成させたという状態。さぞかし、苦しかったことでしょう・・・。今思えば、怖いもの知らず!という感じです。でも、母としては、よい思い出になりました。
着付けの先生方からしても、動く子どもの着付けは時間勝負!
全ての動きを一手で決めるのはもちろんのこと、着崩れを最小限に抑えるため、緩みが出ない程度に余裕を持たせるとか、長年の技術の総結集のような場面でもあるそうです。子どもは心身共に正直ごまかしが効かないからね。
ハイ、完成。
なんとかそれっぽく見えるかしら?
7歳着付前.jpg
帯結びは花が咲いているイメージ・・・。
7歳着付後.jpg
次に娘を着付けるのは、十三参りかしら?
私自身は十三参りの祝いはしてませんが、着付けと和裁を学ぶ身としては、ぜひともチャレンジしたいお祝いです。
そして何よりも、元気に13歳を迎えて欲しい。そう心から願う母ちゃんです。

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七五三の着付け(五歳児)

本日は着付け。かわいい幼児用のボディを使い七五三の着付け(五歳児)に挑戦!

そもそも七五三って?

毎年11月15日に三歳、五歳、七歳に達した子どもに晴れ着を着せ、神社に幸運を祈願するために参拝する行事が“七五三”(地域により“紐落とし”とも言う))です。
祝いの原型として
・三歳:平安時代頃から行われた「髪置き」「髪立ち祝い」と呼ばれる、男女共に髪を伸ばし始める儀式から。
・五歳児:平安時代の公家階級で行われた初めて袴をつける「袴着」「着袴(ちゃっこ)」の儀式から。
・七歳児:室町時代ごろから行われていた「帯解き」「紐落とし」と呼ばれる、初めて帯を締める儀式から。
現在のように「七五三」と呼ぶようになったのは、江戸時代からで、庶民の間で祝うようになったのは明治時代からのこと。
よくよく調べてみると、実は、七五三の装いに正式な決まりはないとのこと。
そもそも、現代に、公家の社会は存在しておりません・・・。
髪置きの義や着袴の義もないんですから、当然と言えば当然なのかもしれません。
江戸時代の庶民たちが、当時、位の高かった子息の儀式を真似したことが「七五三」の始まりなのですから、正式な決まりはないんですね。
ただ、子どもの成長過程の大きな節目として、晴れやかな装い=伝統的な着物の装いがあり、少しずつ変化しながらも伝統を受け継いできた結果、現代においても、洋装より和装が一般的であるということなのでしょう。

五歳児の着付けは?

始めて袴を着ける着袴の儀式を受け継ぎ、五つ紋付きの羽二重の着物に羽織と袴が一般的な装いです。懐剣(かいけん・ふところがたな)と白扇(はくせん)を忘れずにね!

懐剣とは?

ふところに携える護身用の短刀のこと。守り刀として用いる。

白扇とは?

扇子は、末広がりに栄えることを示す縁起物.
先生は師範しながら、紐結びの意味や、子どもに楽に着付けられるポイントを説明。
子どもを着付ける時は、伊達締めの代わりに広幅のガーゼを利用すると手軽で苦しくないとのこと。これは、他の着付けの場面でも応用できそう!
そして・・完成!
五歳児着付.jpg
数年前、息子の七五三の祝いの時は、私は病気を患っていて、写真に撮られるような体調ではなくマスクをつけたまま撮影に臨みました。
自分の病気が大変で、七五三を楽しむような状況でもなかったなぁ。
写真館のレンタル衣装を着せてもらい、ハイポーズで終わらせた記憶があります。ちゃんとお祝いをしたのかしら?記憶が定かでない。
息子の着付けや撮影準備で待ちくたびれた下の娘が、用意していた可愛いワンピースに着替えることもなく、普段着のまま無愛想顔で写真に写っていたことはよく覚えています。
七五三、確かに着物を着せてお祝いできれば、それに越したことはないのかも。
でも、衣装よりも大切なこと。
それは、子どもがここまで成長してくれた!ということを心底喜び感謝する気持ちなのかもしれません。
表面的なことだけではなく、そういった気持ちの面において、子どもの節目節目の行事は大切にしてあげたいと改めて思う母ちゃんなのです。
さぁ、次は七五三7歳児の着付けに挑戦です!

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